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zoom RSS 今シーズンを終了して 2

<<   作成日時 : 2012/10/16 16:24   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

今回はとても私的な思いが強く、楽しくないかも知れません
し長々とかったるいかも知れませんので、興味のない方は
スルーして下さい。



これは今シーズン、というわけでも無く数年前からなのですが、
私の釣った魚、釣りをしている川に対しての意見が時折聞こえ
て来ます。私自身そのどちらに対しても自分なりの思いを持って
おります。あくまで私的にです。
しかし、ならば文句なく良い魚、文句無く大きいのを釣って
やろうじゃないか!と鼻息を荒くしてみるのですが、川の置か
れた状況ばかりは私にはどうすることも出来ない。

川の状況というか、川の方針とでもいうべきか。
それが変化してきていることを感じる度に悲しい気持ちが
どんどん大きくなって来て・・・でもその気持ちって
釣り人側、いや私個人の小さなものなんですよね。



何時のことだったか、雑誌で初めてネイティブという言葉を目に
したとき、私もそれを狙いたいと思った。しかしながら恥ずかしい
ことに、鰭が欠けてない鱒は全てネイティブだと信じていて
そんな魚が釣れると大喜び、ある意味幸せな時でもありました。

少し現実が分かってくると、釣り上げた多くの魚が目指す獲物とは
違うと思うようになった。しかし放流鱒ばかりの釣果であっても
それが普通で、ちっとも悪い印象はなく、その中に自分の思う魚を
見つけられたら良いという感じだったような気がします。
ちっとも見つかりませんでしたが・・・



ところがところが、こんなことがちょくちょく起きるようになって
しまった。

引きの強い鱒とハラハラドキドキしながらやり取りしてやっとの
思いでネットイン。収めた魚をまじまじと見つめて

「なんだこの魚、放流ものが大きくなったやつじゃないか!」

と、

こんなことが起きた時の絶望感といったら・・・

そして、こんなふうに感じるようになってしまったのが不幸の
始まり(笑)

そのうち生簀で育った魚にもかなり綺麗なやつがいることに
気付き、それまで気になり出すともう何を信じて良いものやら・・・


魚種の好みが更に枠を狭め、そんな感覚でいると、そのうち
私のような貧乏人は釣りの出来る場所が無くなってしまう
のではないかと心配になる。

しかしそんな心配とは裏腹に、
ここ数年この感覚は強まり出した。

何故この感覚が強くなったのか・・・

憧れであったサクラマスですが、正直私は毎週毎週遠征する
余裕などない生活をしている。それを無理して通ったのは
純粋な気持ちだけではないです。

サクラマスは絶対に放流魚と言われることがなく、多くの場合
目撃者がいてひょっとするとサイズも確認して貰えるかも
知れない。釣ったことないくせに、こんなことを考えていました。

これじゃ純粋に自分の為の釣りじゃぁない。

去年あたりはかなり複雑な心境で、自分の真ん中にない釣り
に没頭しました。

気持ちの整理が付かないまま今シーズンを迎え、すっかり
出遅れてしまった。

しかし、サクラマスをやりながら色々思い、自分の気持ちに
整理をつけ、一度は人の言う事など無視することに決めた。

それでサクラ終了後、何年も行ってなかった漁協管轄に
通いました。行くうちに変な拘りがだんだんとれたし、
それなりの結果が出て楽しかった。



ところが



また最近、川に大きな変化があった。

その事実を知ったとき、あまりにがっかりして奈落の底に
突き落とされたようだった。

頭の中にずっと雨が降っていた。



結局、自分はちっとも成長していなかった。

今、あの川は遠方からも釣り人が押し寄せ大盛況だそうだ。
これはある方向から見ると、とても良いことだ。

これが原動力となり元気になった漁協がより良い釣り場を
釣り人に提供してくれるようになるかも知れない。

正直、ハラハラドキドキ→ガックリは嫌だし、自分が好きな川
を人からバカにされるのも嫌だけれど、こんなふうに感じて
いるのは私だけかも知れないし、釣り人は一人一人皆違う思い
を持って釣り場にやって来る。受け入れる側も色々な考え
方の人がいると思う。


自分の思いだけを大きくしても仕方ないのだ。




こんなイメージが私の中にある。

何処か、きっと日本じゃない。素晴らしいロケーションの川の
とある淵に巨大な野生の鱒が何匹もいる。やつらの目の前に
ポトリと自分のフライを落とした瞬間、一度に何匹もの巨大魚が
襲い掛かり今までに釣ったことのない美しい大物を手にする。
その後魚はスレはしたものの何匹も同様の魚を釣り上げる
ことに成功する。

一度経験してみたいと思うものの、自分の理想とする釣りで
無いことは明確。何匹も釣り上げるにしたがって美しい魚が
色褪せていくに違いない。前の話と矛盾するようだけれど、
こんなことも私の中にある。


理想の魚はきっと私の頭の中にいる。川の状況の変化を
嘆いていても仕方ない。


来シーズンは初心に帰り「探す釣り」をしたいと思います。
まぁ釣りというのはいつも探しているのだと思いますが、
昔と探すものがちょっと違うかも知れません。

それ以外は頭を真っ白にして楽しもう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
とても興味深い話しです。
自分も『ハラハラドキドキ→ガックリ』は良くあります。
モドリやサクラかと思ったら放流もののニジだったりして(笑)
でも最近は「ハラハラドキドキさせてくれてありがとう」と思えるようになってきました。放流ものでも大増水をたくましく生き抜いて成長しているのですから。何故か源流の釣りを再開してからそう思えるように・・・。
なので最近は『ハラハラドキドキ→ガックリ→やる気倍増』の繰り返しみたいないいサイクルがw

「毎日行ってりゃ釣れるだろ」と言われたこともありますが、毎日行っても釣れないのを数年間経験しているので、他人から言われることも気になりません。そんなこと言う人に限って釣行回数少なかったりで(笑)

川や漁協に対しては仕方ない面もありますが、素晴らしい何にも変え難い価値ある魚がいるのも事実。滅多に出会えないからこそ出会えた喜びは大きいのが本流の釣りと思ってます。例えそれが一生に一度でも!

長々スミマセン。すごく共感できたもので・・・。
camel
URL
2012/10/18 11:52
camelさん
いつもコメントありがとうございます。

camelさんは強者ですね。私は状況の変化に対しての順応が遅く(何やってもどん臭いんです笑)、人の言うことも必要以上に真面目に受け止めてしまっているようです。
シンプルに考えると自分の通える範囲にダブルハンド持って大きな魚を狙える川が存在していて、そこで釣りをさせて貰えるってことに感謝しなくちゃ行けないですね。
人の言うことは気にせず、自分の拘りは捨てず出来る範囲内で理想の魚を探せたらと思います。
一生ものと思える魚を何時か手に出来る日が来ると良いですね!
ご共感頂き嬉しく思っとります。

ヒロシ
2012/10/18 16:12

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